僕がなぜ三線教室を始めたのか? その4

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「僕がなぜ三線教室を始めたのか?」の過去記事はこちら!!
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僕がなぜ三線教室を始めたのか? まとめ

 

ハイサイ!!
全く楽器に触れたことのないあなたが、たった3時間で三線を弾けるようになる「ミラクルレッスン」の三線講師、大城聖です。

 

前回の記事までで、僕が三線を始めたきっかけを書きました。
次は「なぜ三線教室を開くことになったか?」ですね。

ぶっちゃけると、最も大きな理由はそれまでやってた仕事がなくなったからなのですが…
リアルに、今年の2月の話(^^;

まぁ、僕の職歴から話して行きましょう。

 

【雪のある生活をしたことのない若造が、大学卒業と同時に雪国へ】

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一応、情報工学科を卒業したということもあって、僕が最初に就職したのは沖縄のIT関連企業でした。
ここには7年半勤めました。

大学卒業後、入社式もせずに3月末に、いきなり長野県長野市へ出向となります。
当時、ポケベルが流行ってた時期なので、インターネットもほとんど普及されてません。
現地についてから初めて地図帳を開き、今、自分が長野県のどの辺にいるのか知りました(笑)

 

年中温かい(暑い?)沖縄から、いきなりの雪国へ。
一人暮らしも初めてだったのですぐホームシックになるかと思いきや、何もかもが新しいことだらけで一年目はなんともなかったなぁ。

一応、「沖縄県人会は日本全国、当然どこにでもある」と思っていたのですが、調べてみると、なんと、長野県には存在しない!!Σ(゚Д゚;)
しょうがないので、近くの公園で一人寂しく三線の練習してみたり、沖縄出身の方が長野市で経営されている喫茶店「ゆいまある」に入り浸ったり、

 

たった一年で花粉症になったり(^^;

 

二年目からは「早く沖縄へ帰りたい病」が発症します(笑)

それでも三線教室(というか同好会)的なものを開設してみたり、「ゆいまある」のイベントなどで三線や笛の演奏したりしてました。
八重山古典民謡の世界で女性で初めて最高賞に合格した方と知り合ったり、その方からのお誘いでNHKのラジオ生番組で笛吹いたり、「ゆいまある」のイベントで喜納昌吉さんをゲストに呼んだときの前座で笛吹いたり、その打上げで三線弾いたり。

…今考えると、結構すごいことやってたんだな(笑)
うん。
やっぱり、三線と笛やってて良かった(*´∀`)

そんなこんなで三年間、長野で暮らしました。

 

【沖縄に戻ると残業地獄が待っていた】

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出向期間が終わり、沖縄に戻ると次はシステム移行で忙殺されるようになります。
小さな会社が大きな利益を得るには当たり前なのでしょうが、連続で大きなシステム移行が続きました。

ほぼ毎日が朝9時出勤、夜中の2時頃に帰宅という時期が続きます。
完全週休二日制の会社でしたが、休日出勤は当たり前。
IT企業の特性で「見込み残業」扱いができるため、毎月100時間を超えるサービス残業。
代休も有休も消化できない。
酷い時は、移行完了の目途が立たないうちから、次の案件の話が出る状況。

 

「俺、このままだと死ぬな…」

 

それが退職を決定づけた理由でした。
実際、退職するちょっと前からハゲが始まったし(笑)

退職する直前の数ヶ月は、本気で全く三線に触れてなかったなぁ…。
以前、沖縄で活躍されている画家、タルーさんこと外間信太郎さんが、とあるセミナーで話されてましたが、

「たとえ貧しくても、大好きな『絵を描くこと』ができているだけで(人生は)成功だ。
内地で就職したとき、大好きなことができなくなってウツになり自殺しかけたし、沖縄に戻って絵を描くことを再開したら元気になった。」

の意味が、今なら十分すぎるほど理解できます。

 

…続く。

僕がなぜ三線教室を始めたのか? その5

 


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大城聖三線&横笛教室
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